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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)3号 判決 1978年12月26日

原告 森山武幸

被告 藤沢税務署長

訴訟代理人 宮北登 高梨鉄男 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が昭和五一年八月三一日付で原告の昭和五〇年分所得税についてした更正処分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年分所得税について給与所得の金額を二九九万三一九二円、分離短期譲渡所得の金額を租税特別措置法(昭和五三年法律第一一号による改正前のもの。以下、「措置法」という。)三五条一項所定の居住用財産の譲渡所得の特別控除をして零円として確定申告をしたところ、被告は、同条の適用を否認して、昭和五一年八月三一日付で給与所得の金額を二九九万三一九二円(申告額どおり)、分離短期譲渡所得の金額を二四六万五五二〇円とする更正処分及び過少申告加算税四万九三〇〇円の賦課決定(以下、一括して「本件処分」という。)をした。

原告は、これを不服として昭和五一年九月一八日被告に対し異議の申立てをしたが、被告は同年一二月二七日付でこれを棄却したため、更に昭和五二年一月一三日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は同年六月一七日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

2  しかしながら、本件譲渡所得は、原告が居住の用に供していた資産の譲渡によるものであるから、右譲渡所得について措置法三五条一項の適用を否認してされた本件処分は違法であり、取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

原告の昭和五〇年分における給与所得の金額及び分離短期譲渡所得の金額は次のとおりである。

1  給与所得の金額 二九九万三一九二円

2  分離短期譲渡所得の金額 二四六万五五二〇円

(一) 原告が、昭和五〇年六月一二日、その所有する千葉県船橋市若松町二丁目八番地所在の若松団地一二号棟三〇五号室居宅四六・七六平方メートル及びその敷地となつている宅地四万三三〇六平方メートルのうち原告の持分(以下、「本件船橋住宅」という。)を訴外小林征夫に譲渡したことによる本件譲渡所得の金額の算出根拠は次のとおりである。

(1) 譲渡収入金額 五〇〇万円

(2) 必要経費 二五三万四四八〇円

(1)マイナス(2) 二四六万五五二〇円

(二) 右譲渡にかかる本件船橋住宅は、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」とはいえないから、その譲渡所得につき同条所定の特別控除は認められない。

すなわち、措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」というためには、その譲渡による権利移転の時期あるいはこれに接着する時期に至るまで、ある程度の期間継続して当該家屋に日常起居しこれを生活の本拠としていたことを要すると解すべきところ、原告は、その勤務先である株式会社ミキモトから海外勤務を命ぜられ、昭和四六年六月から昭和五〇年二月まで家族とともにパリに滞在し、その間本件船橋住宅に居住せず、帰国(昭和五〇年二月)後も、妻の実家である東京都杉並区高井戸西一丁目一七番二七号松田範次方(以下、「松田方」という。)で家族全員が起居し、住民基本台帳の住所も同所に定め、本件船橋住宅には同年六月一二日その譲渡に至るまで一度も現実に居住しなかつたのであり、しかも、右海外滞在中の昭和四八年六月から昭和五〇年二月までの間、本件船橋住宅は株式会社ミキモトが賃料月額一万七〇〇〇円で借り上げていたものである。このように、原告は、昭和四六年六月以降その譲渡に至るまで本件船橋住宅をその居住の用に供していなかつたのであるから、同住宅は措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」には当たらない。

(三) したがつて、本件譲渡所得について措置法三五条一項の適用を否認してした本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(認否)

1 被告の主張1は認める。

2 同2の(一)は認める。(二)のうち、原告が被告主張のとおりパリに滞在し、その間本件船橋住宅に居住していなかつたこと、昭和五〇年二月帰国したのち家族全員が松田方で起居し、住民基本台帳の住所を同所に定め、本件船橋住宅ではその譲渡に至るまで現実に起居しなかつたこと、株式会社ミキモトが被告主張のとおり本件船橋住宅を借り上げていたこと、は認めるが、本件船橋住宅が措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」に当たらないとの主張は争う。(三)は争う。

(反論)

1 原告は、昭和四六年六月までは本件船橋住宅を生活の本拠としてこれに居住していたものであり、海外勤務中はやむなくこれに居住することができなかつたが、帰国後も海外から船便で送つた家財等の到着を待つて再びこれに入居する予定のもとに、ひとまず妻の実家である松田方に寄宿していたところ、現住所の土地建物を購入することとなり、結局、本件船橋住宅に再入居することなく空き家の状態でこれを譲渡するに至つたものである。このように、帰国後右住宅に起居していなかつたのは、生活に必要な右家財等が到着しなかつたためであつて、海外勤務に伴うやむをえない理由によるものであるから、措置法三五条一項の関係では、本件船橋住宅は「居住の用に供している家屋」に当たるというべきである。

なお、原告一家の松田方での生活は、六畳一間に親子四人が寝泊りしていた状態で、それは単なる宿泊の域を出るものではなかつたし、住民基本台帳の住所を松田方に定めたのは原告の長男を小学校に入学させるためにとつた便宜上の措置にすぎなかつたのであつて、これらの事実は、本件船橋住宅が居住の用に供されている家屋に当たると解することの妨げとはならない。

2 ところで、租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱通達(昭和四六年八月二六日付直資四―五外。以下、「措置法取扱通達」という。)三五―一の六によれば、居住の用に供している家屋を空き家とした後、これを貸付けその他業務の用に供することなく空き家とした日から一年以内に譲渡したときは、措置法三五条一項の適用を認める取扱いとする旨定めており、措置法三五条一項にいう居住の用に供している家屋というためには必ずしも現実にこれに居住していなくてもよいのであるから、本件においても原告のような海外勤務者の特殊事情を考慮すれば、右通達の場合と同様措置法三五条一項の適用が認められるべきである。

なお、原告の海外滞在中における本件船橋住宅の借上げは、原告が海外勤務となつてから二年後に原告の勤務する株式会社ミキモトが一方的に定めた「転勤者住宅借上規定」に基づき同会社が社宅として利用するためにとられた措置であつて、これにより本件船橋住宅を通常の貸家とみることはできない。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1及び被告の主張1、同2(一)については、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件船橋住宅の譲渡について措置法三五条一項の適用があるか否かについて検討する。

1  措置法三五条一項は、個人がその居住の用に供している家屋で政令で定めるもの及び当該家屋とともにその敷地の用に供されている土地に関する権利(以下、「居住用財産」という。)を譲渡した場合の譲渡所得の計算にあたり一定額の特別控除を認めたものであるが、これは主として、居住用財産を譲渡した場合にはこれに代替する居住用財産を取得する蓋然性が高いことから、所得税の負担を軽減することとしてその取得を容易にする趣旨によるものと解される。このような右特別控除制度の趣旨に照らすと、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」とは、譲渡の時若しくはこれに近い時期までに、その者がある程度の期間継続的に居住する意思をもつてこれに起居し、生活の本拠として利用している家屋をいうと解するのが相当である。

2  これを本件船橋住宅についてみるに、原告は、その勤務先である株式会社ミキモトから海外勤務を命ぜられ、昭和四六年六月から昭和五〇年二月まで家族とともにパリに滞在し、その間本件船橋住宅に居住していなかつたこと、帰国(昭和五〇年二月)後は、妻の実家である松田方で家族全員が起居し(住民基本台帳の住所も同所に定めた。)、昭和五〇年六月一二日譲渡するまでの間、本件船橋住宅において現実に起居したことはなかつたこと、はいずれも当事者間に争いがないのであるから、本件船橋住宅が、その譲渡当時、原告の生活の本拠としてその居住の用に供されていたものといえないことは、明らかである。

3  原告は、帰国後本件船橋住宅に起居しなかつたのは、海外から送つた生活に必要な家財等が到着しなかつたためであつて、やむをえない理由によるものであるから、同住宅は措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」に当たる旨主張する。

しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は、荷物の到着を待つて松田方から本件船橋住宅に移ることを予定してはいたものの、いずれは新しい住居を探す考えであつたところ、帰国後一か月余りして現在の住居を購入する話があり、昭和五〇年四月八日に契約を締結したので、同月一〇日ごろ勤務先あてに荷物が到着したのちも、同年六月末に現住居に転居するまで松田方で生活をし、その間、本件船橋住宅には、従前から一部残してあつた箪笥類を確認するために二度行つたことがあるだけであることが明らかであり、このように原告が本件船橋住宅において生活していたといえるだけの客観的・外形的事実がまつたく認められない以上、右原告の主張するような理由があるからといつて、それだけで同住宅が前記「居住の用に供している家屋」に当たるとすることはできない。

4  ところで、成立に争いのない乙第一号証によれば、措置法取扱通達三五―一の六が、居住の用に供している家屋を譲渡するため、その家屋を空き家とした場合において、その後その家屋を貸付けその他業務の用に供することなく、その空き家とした日から一年以内に譲渡したときは、当該譲渡は、措置法三五条一項に規定する「その居住の用に供している家屋で政令で定めるものの譲渡」に該当するものとして取扱う旨定めていることが認められ、税務行政上そのような取扱いがされていることが窺われる。前記のように、譲渡の時において現に居住していなくても、これに近接する時期において居住していた事実があるときは、譲渡所得の特別控除を認めることができるのであるが、同通達において空き家とした日から一年以内に譲渡した場合に限つているのは、措置法三五条一項が、災害により滅失した居住用の家屋の跡地の譲渡の場合につき災害のあつた日から一年以内の譲渡に限つて特別控除を認めることとしていることとの均衡を図るためであつて、それなりに合理的な制限ということができる。しかし、本件船橋住宅は昭和四六年六月以降空き家となつていたものであり、本件譲渡は空き家とした日から約四年後にされたものであるから、海外勤務という特殊事情を考慮しても、本件において右通達による取扱いを受けうることを前提に、同住宅の譲渡につき措置法三五条一項の適用を認めることはできないというべきである(海外勤務期間中本件船橋住宅に居住していなかつたという事実をまつたく考慮することなく、いわば帰国後初めて空き家としてこれを譲渡したもののようにみる余地はない。)。

5  以上のとおり、本件船橋住宅は、措置法三五条一項所定の居住用財産に当たらないから、その譲渡に関して同条項の適用はないものというほかない。

そうすると、被告が本件譲渡所得の計算にあたり、措置法三五条一項の適用を否認してした本件処分は、適法である。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 中根勝士 佐藤久夫)

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